より難しいエリアでの開発・掘削最適化
当社では、坑井掘削による環境負荷を最小化しつつより効率よく仕上げる、あるいは技術的により厳しい環境下にあるフロンティアでの油ガス田開発を目指し、最新の掘削・仕上げ技術を適用しています。以下に当社の掘削・仕上げの取り組みを幾つか紹介します。
海洋掘削におけるRMR(Riser-less Mud Recovery)システムの適用
海底面付近の浅部の地層は未固結あるいは軟弱な場合が多く、普通に掘削しようとすると地層破壊をもたらし逸水を生じる場合があります。水深が深くなると、掘削装置から海底面までの掘削泥水(海水より比重が高く、坑壁に泥の被膜を形成し掘削した孔の崩壊を防ぐ機能をもちます)の水頭圧だけでも軟弱な地層にとってはかなりの負荷となります。したがって海底面直下の掘削区間(サーフェスホールと呼びます)では、マリンライザー(泥水を海底面から海上の掘削装置まで循環するための大径のパイプ)を用いずに掘削する方法が一般的ですが、その場合には泥水を海底面に流出することになります。もちろん、天然物由来で環境負荷の少ない添加物を使用した泥水を使用しますが、その分、掘削装置まで泥水を回収する場合と比べて坑壁の安定性を維持する能力は劣ります。また、この手法では掘削期間が長くなればなるほど廃棄する泥水の量が増え、コストもかさみます。当社のいくつかのプロジェクトでは、RMRシステムを適用し、海底面から回収した泥水を海上の掘削装置まで汲み上げることにより、マリンライザーを用いない場合でも泥水の循環を可能としています。そして高品質の泥水を廃棄することなくサーフェスホールを掘削し、坑壁の不安定さに起因するトラブルの低減を実現し、かつ、コストおよび環境負荷の低減も図っています。当社はオーストラリアにおける2007年のイクシスプロジェクト第3次試掘キャンペーンより他社に先駆けてこの技術を導入し、2024年現在も引き続き活用しています。
Courtesy of Enhanced Drilling (Case Study RMR® 5 – INPEX, Browse Basin |Enhanced Drilling)
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MPD(Managed Pressure Drilling:坑底圧制御掘削)システムの適用
坑井掘削にあたっては、地層を破壊することなく、かつ地層流体を坑内に流入させずに坑壁を安定させた状態を常に維持することが必要となります。通常の掘削手法では、掘削泥水の比重を調節することでこの状態を保ちますが、泥水の水頭圧が高すぎれば地層破壊および坑内流体の地層への逸水を引き起こし、反対に低すぎれば地層流体の坑内への流出や応力バランスの不均衡による坑壁の圧潰を引き起こします。この上限・下限の範囲をマッドウィンドウと呼び、この範囲内で坑内の泥水比重(水頭圧)を保持する必要があります(下図参照)。一般的には、マッドウィンドウを十分に確保できる範囲内で1つの区間を掘削し、ケーシングと呼ばれる鉄管をもちいて掘削した区間を隔離してから、同様にマッドウインドウの範囲内で次の区間を別の泥水比重で掘削します。
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地域やフィールド、あるいは坑井ひとつひとつでもこのマッドウインドウの形や大きさは異なり、特に狭い場合には細かく区間を区切る必要が出てきますが、挿入するケーシングのサイズや数には限りがあります(坑径がどんどん小さくなっていってしまいます)。また、泥水を循環する際には摩擦圧(背圧)が発生し、静止状態よりも坑内の圧力が増加します。極端にマッドウィンドウが狭いと、静止状態ではウィンドウ内に収まっていても、循環したとたんに上限を超えてしまうために掘削が困難となります。そこで泥水比重自体を下げ、かつ坑井に栓をして背圧を調整しながら掘削する手法(MPD)が1つの解決策となります(下図参照:ECD=Equivalent Circulating Density, ESD = Equivalent Static Density, SBP = Surface Back Pressure)。
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イメージとしては瓶の口にゴム栓(Rotating Control Device:RCD)を付け、ゴム栓を貫いて掘削用パイプを通した状態で、パイプは力を加えると回転・上下できるが液体が漏れないように締め付けてシール性を保つ機構になっていて、ゴム栓の下には流出口があり、その下流にあるバルブの開閉サイズを調整することで背圧を調整します(MPD choke manifold)。また、通常の掘削手法では坑内にポンプした泥水の流量と坑内から返ってきた泥水の流量を体積ベースで管理することによって泥水の地層内への流出がないか、あるいは反対に地層流体の坑内への流入がないかを判断していますが、MPDシステムにはコリオリ式質量流量計が備えられており、泥水の送入・排出流量と密度を極めて正確かつリアルタイムに計測することができるため、坑内状況のわずかな変化も見逃さずに迅速に対応することができます。当社では2014年のマレーシアサバ沖大水深S鉱区試掘キャンペーンよりこのMPD技術を適用し、2024年現在も引き続きマッドウィンドウが狭く掘削が難しい坑井においてこの技術を活用しています。
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大偏距掘削ERD(Extended Reach Drilling)技術の適用
坑井を垂直方向に深くまで掘削するのには様々な技術が必要ですが、水平方向に遠くまで掘削するのにもまた別の技術的困難さがあります。地表での制限からターゲットの真上に掘削基地を配置できない場合には、遠く離れた場所から掘削開始をしなければなりません。また油ガスが胚胎する貯留層の形状も様々で、薄く広い場合には垂直に掘削しただけでは商業的に十分な生産能力が確保できず、水平かそれに近い角度で油ガス層内を長く掘削しなければならない場合もあります。大偏距掘削(ERD:Extended Reach Drilling)は、石油・天然ガスがたまる容器となる地下構造(トラップ)に向けて掘削する坑井を、高い傾斜角をつけて水平方向により遠くの位置まで掘り進める技術です。ERD坑井のおおよその目安は、水平偏距(ステップアウト):垂直深度の比が2:1を超えるものとされています。高傾斜の坑井を長距離掘削するとなると掘削パイプが自重によって坑内下部(ローサイド)に横たわり、坑壁に接触する区間が長くなり摩擦力が増加します。また堀くずを排出するための泥水ポンプの負荷も大きくなります。これらに打ち勝つためには高強度のパイプや大出力の駆動力を有する掘削装置が必要となりますし、各種シミュレーションに裏付けられた綿密な計画と、それを確実に実行することのできる高い技術力も欠かせません。
当社ではアブダビやオーストラリアなどで数多くのERD坑井を掘削しています(下図:世界のERD坑井とアブダビの当社権益フィールドの実績)。当社の参画しているアブダビ油田の坑井でERDの世界最長記録を達成したこともあります(掘削長:15,540m、2023年時)。
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マルチラテラル仕上げ技術(Multi-Lateral Tie-Back System:MLTBS - TAML Level-5)の開発
1本の坑井から孫井戸(ラテラル坑)を複数掘削して効率良く生産できるように仕上げる技術をマルチラテラル仕上げと呼びます。当社掘削エンジニアのアイデアをベースにJODCO(現INPEXアブダビ事業本部)/JNOC-TRC(現JOGMEC-TRC)/Sperry-Sun(現Halliburton Completions)は共同研究を行い、MLTBS TAML (Technology Advancement for Multi-Laterals) Level-5の仕上げ技術(下図参照)を開発しました。この技術開発により、複数のラテラル坑同士を圧力的に隔離したうえで、かつ各ラテラル坑に対してCT(Coiled Tubing:坑内作業を実施するためのひとつのリールに巻かれた小径シームレス鋼管)が選択的かつ物理的なアクセスがいつでも可能となり、ラテラル坑の生産性改善作業などが可能となりました。石油・ガス開発業界では、一般に大手サービス専門会社が機器や技術の開発を進める事が多いのですが、石油メジャーや当社のようなオペレーターのアイデアをベースに共同開発したり、業界で長らく働いたエンジニアが独立して自分の会社を立ち上げ、アイデアを具現化した技術・機器やサービスを提供したりもしています。
SPE 101385 “Challenges, Lessons Leaned, and Successful Implementations of Multilateral Completion Technology Offshore Abu Dhabi”, Shuichi Kikuchi, SPE, and Abdulla S. Fada’q, SPE, ZADCO, Abu Dhabi, UAE
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